『殺られる』という狂気に満ちた言葉。


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狂気に満ちた言葉

『殺られる』何とも狂気に満ちた言葉だ。リアルに包丁で刺されたり、首を絞められたりする訳では無いと分かっているのに、なぜだか人は精神的に追い詰められると『殺られる』という言葉を心に思い浮かべるらしい。

自分の『殺られる』と感じるとき

僕も仕事中『殺られる』に近い感覚に陥られる事があります。日用品の新商品を販売するWebページのデザインを僕が担当。初めて大きい案件を任されるも、先方の社内調整が整わず、バタバタな状態に。

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・先方の2トップの意見が分かれる。
・デザインのメインビジュアルが決まらず納期が遅れ、先方のイライラが止まらない。
・社内のリソースが無くなり先輩に屋上に呼び出される。

寝れない日々が続き肉体的にも精神的に疲れて、女の子の身体を触れるお店でリフレッシュする日々で時間とお金を浪費。う〜ん。人生はなかなか厳しい。

とあるアイドルPの『殺られる』と感じるとき

とあるアイドルP(プロデューサー)も「おめーなんで自分で作った曲なのにライブ来ないんだよ。」とメンバーのアイドルと保護者の攻められて尚且つ板挟みで『殺られる』という感覚になる。もちろん本当に罵声を浴びせられている訳では無いはずだが、女性の無言の圧力を感じるのでしょう。目は口ほどに語るってやつ。

う〜ん。中間管理職となる立場は精神的に辛いです。

落ちの4コマ目「自分で作った曲の価値とそのアイドルの魅力は自分が1番知ってるからね」

ポジティブな気持ちに無理やり変換して、今の状況を受け入れるという手段も板挟みになりやすい今の現代社会では、必要な自己防衛方法なのかもしれない。

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